ハウステンボス美術館の稀少な逸品
これまで幾度かハウステンボスを訪れているが、ハウステンボス美術館へ足を運んだのは初めてであった。
珍しいレンブラントの銅版画を見ることができた。レンブラントの銅版画のコレクションは、ハウステンボス美術館が誇る所蔵品の一つだという。貴重な彼の銅版画の原版も2点所有しているとのことである。
しかし、この美術館の所蔵で私が面白いと思ったのは、美術品ではなく、楽器である。
一、
一つは、世界的にも珍しい連弾用のチェンバロである。

同美術館の館長代理兼主任学芸員である安田恭子さんによると、「稀少な2段鍵盤チェンバロ1段ヴァージナルの合体モデルで、2人で連弾できるように鍵盤が2ヶ所についています。18世紀フランドル様式でオランダ ハールレム市の個人工房で1992年に製作されました。恐らく、ベルギーのアントワープ市内のプランタン印刷博物館所蔵の「ヤン・コーネン」1734年製作のチェンバロを詳細に復元したものと推定されます。同タイプの楽器はヨーロッパでも類例のない、きわめて希少な1台であることは間違いありません。」(ハウステンボス、「スタッフブログ」)ということである。

生のチェンバロの音を聞いたことは殆どないので、通常のチェンバロの音との正確な違いは分からないが、少なくともこれまでにアンプとスピーカーを通して聴いたことのあるチェンバロの音色より厚みのあるものに感じた。
この時のミニ演奏会では安田さんが一人でそれぞれの鍵盤を弾いて聴かせてくれたが、望むらくは、二人での連弾を聴いてみたいものである。
また、このチェンバロは御覧のように美しい意匠が施されており、復元品とはいえ、一見の価値はあろう。
二、
もう一つ、この時に演奏されたのが、この自動演奏楽器「フィオリーナ」である(ハウステンボス、「スタッフブログ」)。

その珍しさは、写真を御覧になれば一目瞭然。それはピアノとバイオリンを同時に自動演奏する優れものなのである。
フィオリーナは、中央にセットしたロールペーパーに記録された指示に従って電動のふいごが風をピアノとバイオリンとに送り込み、それを動力にして演奏するものらしい。上部に見える逆さに取り付けられたバイオリン3丁は、それぞれ右から高音、中音、低音専用となっており、機械の指が弦を押さえた状態でバイオリンが傾き、回転する円形の弓に触れて音を出す仕掛けとなっている。カタカタと機械仕掛けの音と共に奏でられる優雅とはほど遠いバイオリンの抑揚のない調べとその文字通り機械的な動きは、ちょっと異様で滑稽ですらある。

安田さんの説明によると、これはかのタイタニックに備えられる予定であったとのことである。何らかの事情でタイタニックに載せられることなく、今この長崎の地にその姿を留めているのか、と思うと感慨深いものがある。
三、
そして、これらの楽器から少し離れたところに、写真のピアノがあった。これはと思い、安田さんにこのピアノのことを尋ねてみた。

百年程前に製作されたもので、これも珍しいものなんですよ、と言って、何の曲だったかは忘れてしまったが、さわりを弾いてくれた。その後、どうぞ弾いてみても結構です、と言われたので、まともに弾けはしないが、鍵盤を叩いてみた。
「これはいい音ですね。」
「そうなんです。これだけ古いピアノでこれほどの音を出せるのは、なかなかお目にかかれないと思います。」
素人の私ですら、すばらしい音色であることは分かった。柔らかではあるが、しっかりと音は鳴いていた。
「実は、所蔵品や展示品の保存維持のため一年中温度と湿度を一定に保っているので、ピアノなどの楽器にとっては美術館や博物館の環境は最高なんですよ。」と、安田さん。
むべなるかな。日本のように四季によって温度と湿度の変化が著しい地域においてピアノの音質を保つのは容易ではなく、それが、かつてヤマハがショパンコンクールで選ばれ難い理由の一つだと言われていたのを思い出した。とはいうものの、2010年のコンクールではヤマハはファイナリスト10名のうち4名に選ばれ、スタインウェイを選んだピアニストと同数であったとのことである。おそらく、それは2007年にヤマハがベーゼンドルファーを傘下に収めたことと無関係ではなかろう。永らくオーストリアというヨーロッパの地でリストやバックハウスに愛された名器を作り続けてきたベーゼンドルファーのノウハウが活かされない訳はないからである。
以前、ある市民ホールでスタインウェイのC-227を弾く機会があり、単純にその僥倖を喜んでいたが、これを聞いてそのスタインウェイを維持管理するホール担当者の苦労を案じてみたりもした。もっとも、弾いたといっても娘のピアノの発表会で簡単な小品を娘と連弾したに過ぎない。横で娘の失敗を心配するあまり自らミスを犯してしまい、悔いの残る演奏であったことを苦々しく思い出す。

このピアノについては、ハウステンボスのサイトで、「1809年創業のドイツの老舗メーカー、シードマイヤー社製のグランドピアノ。1900年パリ万博、1904年のセントルイス万博に出展、大賞を受賞したものをモデルとし、製作されたものと思われる。高価なマホガニー製の本体とオルモル(ブロンズに金メッキ)の金工装飾が施されているデザインは、帝政様式の特徴を示し、均衡のとれた美しい意匠となっている。シードマイヤー社は 1982年からピアノを製造していないため、珍しい貴重な芸術品である。」と、紹介されている。
ハウステンボス美術館を訪れ、このピアノを見つけた折には、近くに安田さんが居られないか見渡してみて下さい。居られたならば、許しを得て弾いてみてはいかがでしょうか。
珍しいレンブラントの銅版画を見ることができた。レンブラントの銅版画のコレクションは、ハウステンボス美術館が誇る所蔵品の一つだという。貴重な彼の銅版画の原版も2点所有しているとのことである。
しかし、この美術館の所蔵で私が面白いと思ったのは、美術品ではなく、楽器である。
一、
一つは、世界的にも珍しい連弾用のチェンバロである。

同美術館の館長代理兼主任学芸員である安田恭子さんによると、「稀少な2段鍵盤チェンバロ1段ヴァージナルの合体モデルで、2人で連弾できるように鍵盤が2ヶ所についています。18世紀フランドル様式でオランダ ハールレム市の個人工房で1992年に製作されました。恐らく、ベルギーのアントワープ市内のプランタン印刷博物館所蔵の「ヤン・コーネン」1734年製作のチェンバロを詳細に復元したものと推定されます。同タイプの楽器はヨーロッパでも類例のない、きわめて希少な1台であることは間違いありません。」(ハウステンボス、「スタッフブログ」)ということである。


生のチェンバロの音を聞いたことは殆どないので、通常のチェンバロの音との正確な違いは分からないが、少なくともこれまでにアンプとスピーカーを通して聴いたことのあるチェンバロの音色より厚みのあるものに感じた。
この時のミニ演奏会では安田さんが一人でそれぞれの鍵盤を弾いて聴かせてくれたが、望むらくは、二人での連弾を聴いてみたいものである。
また、このチェンバロは御覧のように美しい意匠が施されており、復元品とはいえ、一見の価値はあろう。
二、
もう一つ、この時に演奏されたのが、この自動演奏楽器「フィオリーナ」である(ハウステンボス、「スタッフブログ」)。

その珍しさは、写真を御覧になれば一目瞭然。それはピアノとバイオリンを同時に自動演奏する優れものなのである。
フィオリーナは、中央にセットしたロールペーパーに記録された指示に従って電動のふいごが風をピアノとバイオリンとに送り込み、それを動力にして演奏するものらしい。上部に見える逆さに取り付けられたバイオリン3丁は、それぞれ右から高音、中音、低音専用となっており、機械の指が弦を押さえた状態でバイオリンが傾き、回転する円形の弓に触れて音を出す仕掛けとなっている。カタカタと機械仕掛けの音と共に奏でられる優雅とはほど遠いバイオリンの抑揚のない調べとその文字通り機械的な動きは、ちょっと異様で滑稽ですらある。

安田さんの説明によると、これはかのタイタニックに備えられる予定であったとのことである。何らかの事情でタイタニックに載せられることなく、今この長崎の地にその姿を留めているのか、と思うと感慨深いものがある。
三、
そして、これらの楽器から少し離れたところに、写真のピアノがあった。これはと思い、安田さんにこのピアノのことを尋ねてみた。

百年程前に製作されたもので、これも珍しいものなんですよ、と言って、何の曲だったかは忘れてしまったが、さわりを弾いてくれた。その後、どうぞ弾いてみても結構です、と言われたので、まともに弾けはしないが、鍵盤を叩いてみた。
「これはいい音ですね。」
「そうなんです。これだけ古いピアノでこれほどの音を出せるのは、なかなかお目にかかれないと思います。」
素人の私ですら、すばらしい音色であることは分かった。柔らかではあるが、しっかりと音は鳴いていた。
「実は、所蔵品や展示品の保存維持のため一年中温度と湿度を一定に保っているので、ピアノなどの楽器にとっては美術館や博物館の環境は最高なんですよ。」と、安田さん。
むべなるかな。日本のように四季によって温度と湿度の変化が著しい地域においてピアノの音質を保つのは容易ではなく、それが、かつてヤマハがショパンコンクールで選ばれ難い理由の一つだと言われていたのを思い出した。とはいうものの、2010年のコンクールではヤマハはファイナリスト10名のうち4名に選ばれ、スタインウェイを選んだピアニストと同数であったとのことである。おそらく、それは2007年にヤマハがベーゼンドルファーを傘下に収めたことと無関係ではなかろう。永らくオーストリアというヨーロッパの地でリストやバックハウスに愛された名器を作り続けてきたベーゼンドルファーのノウハウが活かされない訳はないからである。
以前、ある市民ホールでスタインウェイのC-227を弾く機会があり、単純にその僥倖を喜んでいたが、これを聞いてそのスタインウェイを維持管理するホール担当者の苦労を案じてみたりもした。もっとも、弾いたといっても娘のピアノの発表会で簡単な小品を娘と連弾したに過ぎない。横で娘の失敗を心配するあまり自らミスを犯してしまい、悔いの残る演奏であったことを苦々しく思い出す。
【追記】:汚名をそそぐ機会が巡ってきた。今回は私と娘とカミさんの六手連弾である。曲目はジョンデンバーのカントリーロード。緊張することも忘れるほど集中して私は、ミスタッチなく終盤にさしかかった。最終小節直前に「今日はいけそうじょないか」という思いがよぎった瞬間、二人の音を聞き逃し、三人同時に弾くべき個所で思わず一人だけ先に飛び込んでしまった。「なんで、あそこでハズスかなァー!!」。演奏後、二人からあきれられた。


このピアノについては、ハウステンボスのサイトで、「1809年創業のドイツの老舗メーカー、シードマイヤー社製のグランドピアノ。1900年パリ万博、1904年のセントルイス万博に出展、大賞を受賞したものをモデルとし、製作されたものと思われる。高価なマホガニー製の本体とオルモル(ブロンズに金メッキ)の金工装飾が施されているデザインは、帝政様式の特徴を示し、均衡のとれた美しい意匠となっている。シードマイヤー社は 1982年からピアノを製造していないため、珍しい貴重な芸術品である。」と、紹介されている。
ハウステンボス美術館を訪れ、このピアノを見つけた折には、近くに安田さんが居られないか見渡してみて下さい。居られたならば、許しを得て弾いてみてはいかがでしょうか。