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「歴史認識」の憂鬱(2)~歴史教科書と原爆資料館

一、韓国と中国の歴史教科書
 10年ほど前に、韓国や中国の歴史教科書の邦訳に目を通したことがある。明石書店が『世界の教科書シリーズ』として出版している『韓国の中学校歴史教科書-中学校国定国史』(2005年)と『中国の歴史-中国高等学校歴史教科書』(2004年)である。噂にたがわず凄まじいものであった。これで教育を受けた者が、日本に憎しみを抱かぬ方がむしろ難しいといえよう。何より、その内容の真偽はともかく、これほど偏頗で他の一国を罵るかの如き歴史書をほかならぬ国定教科書としていること自体に、むしろその国の民度ないし文化的成熟度が問われるとは考えないのであろうか。国民は内心忸怩たる思いを抱いているのかもしれない。そうだと信じたいところである。

 これらの国の教科書については、「韓国の歴史教科書を読む」(http://www7.plala.or.jp/juraian/ktextbook.htm)「中国の歴史教科書を読む」(http://www7.plala.or.jp/juraian/ctextbook.htm)というウェブページに詳しく解説されており、この拙文を書くに当たって改めて読ませて頂いた。この樹懶庵(じゅらいあん)というウェブサイトには、「台湾の歴史教科書を読む」(http://www7.plala.or.jp/juraian/ttextbook/ttextbook.htm)というページもあり、これと前二者を比較して読めば、それら二国の歴史教科書の異様さは一目瞭然である。

 韓国や中国が言っていることは、多分ある程度は正しいのではないか、と密かに思っている日本人は決して少なくはないが、そのような日本人ですらこれら二国の歴史教科書を読むならば、おそらくは開いた口が塞がらないことになろう。

 ただ、韓国では、2007年に国定教科書制度が廃止され、検定制度が導入されており、検定を通過した複数の教科書の中から各学校が使用する教科書を選ぶという日本と似た制度が採用されている。国定制度が廃止されたとはいえ、大多数の学校で採択される歴史教科書はおおむね国定教科書の記述を踏襲するものがやはり主流のようである。

 しかしながら、日本への憎しみと恨みをたぎらせ続ける韓国にあって、日本統治時代の明暗両面を客観的に評価しようとする「植民地近代化論」に立つ歴史家達によって、2008年に『代案教科書・韓国近現代史』が検定を通っていないものの一般の書籍として出版されているそうである。これについても上記の樹懶庵亭主の「韓国の歴史教科書を読む」で解説されている。

 今はまだ少数派であろうが、そのような良識ある韓国人の活躍に期待し、遠い将来、彼等の思いが朝鮮半島全土に行き渡らんことを密やかに祈りたい。

 朴槿恵大統領は、かつて、この代案教科書の出版記念会でその支持を表明したそうである。にも拘わらず、その後の彼女の言動は周知の通りであり、韓国政府部内には再び教科書国定化への揺り戻しの動きが顕在化しているとのことである(「教科書の国定化で朴槿恵が陥る深刻なジレンマ」Newsweek、2014.9.12、http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2014/09/post-3390.php)。

 韓国人の日本に対する恨といわれる憎悪と劣等意識とのアンビバレントな葛藤は、彼等自身が乗り越えるしかないのである。

 その国の歴史教科書をみれば、その国が他の国に対して如何なる姿勢・態度で臨んでいるか、その基底となる本質を知ることができる。日本を含むこれら三箇国の歴史教科書の英訳をPDF化し、誰でも自由にダウンロードして読むことができるようにすれば、そして、そのダウロード・ページのURLを世界中の主要紙に掲載することができれば、それだけで韓国・中国以外の国におけるこの歴史問題に関する「誤った認識」は、容易に正すことが可能となろう。外務省には是非とも実行して頂きたい。

二、原爆資料館と独立記念館と南京大虐殺紀念館
1.長崎原爆資料館
 昨年、久しぶりに長崎原爆資料館を訪れた。随分前に、前身の長崎国際文化会館の原爆資料センターには、何度か訪れたことはあったが、1996年に新設された現在の原爆資料館を訪れるのは初めてであった。

 B-29爆撃機ボックスカー(Bockscar)によって投下されたプルトニウム239を用いた原子爆弾、ファットマン(Fat Man)の模型が展示され、エノラ・ゲイ(Enola Gay)によって広島に投下されたウラン235を用いたリトルボーイ(Little Boy)より威力が大きいことなどが説明されている。このような資料館ではお馴染みのジオラマも実に精巧に造られており、原爆投下時の状況やその後の放射能の影響等々、客観的かつ詳細なデータが、様々な工夫が凝らされて展示されていた。以前の原爆資料センターとはかなり異なっていた。

 総じて、その展示は、情緒的な扇情的な要素が極力排除され、客観性・正確性に主眼が置かれている印象である。

2.原爆投下
 マンハッタン計画が最終段階に進む中、ドイツが1945年5月に降伏してしまい、原子爆弾の標的は日本しか残されていなかった。その日本もほどなく降伏するであろうとの観測を得ていながら、米国は実験に成功したばかりの原子爆弾を日本に投下したのである。

 米英ソのヤルタ会談(1945年2月)で、ソ連がドイツの降伏から3か月以内に対日本戦に参加することが極秘裡に決められており、米国はソ連の対日参戦より前に原爆を日本に投下して、戦後処理でソ連より優位に立ちたいと考えていたとされるが、それだけでは原爆投下のすべての説明がつく訳ではない。

 もう少し仔細に見てみる。1945年7月16日、ニューメキシコ州オテロ郡のアラモゴード爆撃試験場内の一角にあるトリニティ・サイトにおいて人類史上初の核実験「トリニティ実験(Trinity test)」が行われ、成功する。これは、長崎に落とされたファットマンと同じ構造のプルトニウムを用いたインプロージョン方式(プルトニウム爆縮式)の原子爆弾の爆発実験であった。そのわずか3週間後、実験の行われていないもう一方の方式であるウラン235を用いたガンバレル型の原子爆弾、リトルボーイが広島に落とされるのである。
 
 ガンバレル型も、本来なら実験を経て実戦に投入されるのが通常の筈である。しかし、原子爆弾の実戦投入が急がれる中、ガンバレル型に必要なウラン235の濃度が90%以上(最低70%以上)の高濃縮ウランは生成に非常にコストがかかる上に、生成できる量がわずかであったため、爆発実験に使う余裕がなく、インプロージョン爆縮式が実験に成功したことを踏まえ、ガンバレル型は実験を兼ねて実戦でいきなり使用することが要請された、とする説明がある。実験を経ていない原爆を実戦で使用するとなれば、それを先に持ってきて、万が一失敗したとしても次が成功する方が、成功の後に失敗するより相手国に与える脅威は大きいと判断されたのであろうか。
 そういった説明に符合し、真実性を与えるかの如く、テニアン島には、両方式、リトルボーイとファットマンの二発が用意され、リトルボーイが先に使用されたのである。

 また、広島への原爆投下が成功した後、さらに長崎へ投下する必要があったのか。広島への原爆投下が成功した以上、しかもその知らせは脅威とともに瞬く間に世界中を駆け巡ったのであるから、米国は日本が降伏するのを、次の投下を匂わせつつ待つこともできた筈である。
 これら二発は、マンハッタン計画で開発されてきた二つの異なる方式の原子爆弾であり、軍はそれぞれ実戦における実験を当初より望んでいたと考えられる。両方式の原爆による人体実験を行うからには、互いに影響の及ばない二箇所に投下する必要があったのである。原爆の破壊力を正確に測定するために、通常の爆撃があまり加えられていない広島、小倉、新潟、長崎が投下目標に選ばれ、原爆投下まで通常の空襲は行わないよう指示が為されていたことが明らかになっている。最終目標都市の優先順位は広島、小倉、長崎となり、当日の天候次第で目標都市が決定されることになり、8月6日は広島、9日は長崎となったのである。

 原爆使用について、同じ白色人種に対してはいくら敵国であっても抵抗があったが、東アジアの有色人種に対してはさほど逡巡することなく決定されたとも言われる。マンハッタン計画に着手したフランクリン・ルーズベルト大統領は、日本人に対して強い人種差別意識を持っていたことはよく知られた事実である。

 この米国の差別意識に基づいて為された、20万人を超える非戦闘員に対する核爆弾による未曾有の人体実験は、一都市に存在する全ての人及び物を殲滅するというその残忍さ、無慈悲さ、その後の長期にわたる放射能等による影響の甚大さを勘案するならば、如何なる理由があったにせよ、単なるmassacre(大量殺戮)ではなく、人類史上最も悪逆無道、悪辣無比の蛮行たるgenocide(大量虐殺)であるとの評価は避けられないであろう。米国の原爆投下は、ナチスのホロコーストと並んで人類史に刻まれ、永劫にわたって人類に記憶され続けることになる。

3.原爆資料館の展示
 ところが、この長崎の原爆資料館には、原爆投下の理由ないし投下に至るまでの事情については、あっさりとした記述しか見られない。対日戦の早期終結のためと言われているが、巨費を投じたマンハッタン計画を誇示する目的もあったとし、ソ連との冷戦における最初の作戦という性格も有していた、といったごく一般的な説明が為されているに過ぎない。この点については、広島平和記念資料館の方は、米国は、1945年4月、日本国内17箇所を投下目標に選び、5月には京都、広島、横浜、小倉に絞り、原爆の効果を正確に調べるため目標都市に対する通常の空襲を禁止し、7月25日には広島、小倉、新潟、長崎と定め、最終的には8月2日、広島、小倉、長崎を目標とする投下命令を下したことなどが記され、実験目的でもあったことが示されている。しかし、原爆を投下した米国に対する厳しい断罪の言葉は、何度も館内を往ったり来たりしてみたが、何処にも見られない。広島平和記念資料館においても同様であろう。これについては、何とももどかしく、不満に思う人も多いのではなかろうか。

 原爆投下後に関する展示は、当然その被害の悲惨さを訴えることに主眼がおかれるが、決して扇情的なものではなく、客観性・正確性に重点がおかれ、抑制的であると感じられた。以前の方が、生々しく、凄惨な展示が多かったような気がする。ここにおいても米国への憎悪や怨恨を煽り、駆り立てる展示は皆無である。

 そして、展示は核兵器廃絶や核軍縮をテーマにしたコーナーへと移っていく。

4.原爆資料館と独立記念館と南京大虐殺紀念館
 私は館内を巡りながら、もどかしさというよりも憤りすら感じ始めていた。所々に設置してある椅子の一つに腰を下ろして、少し気持ちを鎮めるため館内をゆっくりと見回してみた。原子爆弾を開発し、落とす必要もない場所へ投下してそこに住む人々を人体実験に供して虐殺したのは、ほかならぬ米国である。その米国を直接的に非難する言葉が一言も書かれていない原爆資料館に意味があるのか。広島の原爆死没者慰霊碑(広島平和都市記念碑)の石碑に刻まれた例の主語なき「過ちは繰返しませぬから」に見られるようなあやふやで曖昧な平和の願い・平和の祈念など意味があるのか。貧しい智恵に強いて考えを巡らせた。

 目の前を英米人とおぼしき数人と日本人のグループが何やら楽しいそうに話をしながら、私の前を通り過ぎていく。今や何処の観光地にも現れる中国人や韓国人も館内を回っている。

 その時、ふと韓国の独立記念館や中国の南京大虐殺紀念館が頭に浮かんだ。浮かんだと言っても、実際に行ったことはないので、ウェブでそれらの公式サイトや訪問者の記事を見たことがあるに過ぎないのだが。彼此の違いは何か。

 先ず、その名称。韓国、中国の両館は、日本が行った非道な行為を長く記憶に留めておこうとする意図があろうから、この種の博物館として一般的な「記念館」ないし「紀念館」という名が付されているが、少し特異なのは「南京大虐殺紀念館」である。その中国語の正式名称は「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館」であり、その公式ウェブサイトにある英語名は、"The memorial hall of the victims in Nanjing massacre by Japanese invaders"とされており、博物館の名称としては少し異様であり、日本への憎悪があからさまに見て取れる名称といえよう。これに対し、長崎・広島の両館は、単に「資料館」としており、あくまで原爆に関する客観的な資料を展示することが主眼であると取れる名称である。

 南京大虐殺紀念館は、1982年に愛国主義教育推進のため全国に日本の侵略に関する記念館や記念碑を建立するよう鄧小平によって指示が出され、それに基づき1985年に建設された。奇しくも韓国の独立記念館も、1982年に独立記念館建立の発起大会が開かれ、1987年に開館している。長崎原爆資料館は、1955年にその前身である長崎国際文化会館の原爆資料センターが開館し、その後老朽化により1996年に建て替えられたものである。広島平和祈念資料館も同じく1955年に開館しており、2013年から大改修が行われ、2018年完了予定である。

 韓国や中国の記念館や紀念館が、その展示が客観的な検証を経た事実に基づくものであるか否かは別として、醜悪でグロテスクともいえる展示方法で日本への憎しみや恨みを顕わにし続けていることは、夙に有名である。それらは歴史教科書にも通底する両国の意思と姿勢が露骨にむき出しとなっている場といえる。国家の存立の基点に邪悪な国家からの解放を据え、その正当性を高らかに謳い上げるという物語としての歴史はいずこにもあろうが、同時にその表示手法・表現方法には、国家の本性が端なくも顕わになる。それを見る者は、語られる客体ばかりでなく、その語り口に、語る主体の内奥に潜む他在へ向けられる意思の本質を垣間見ることになる。何ゆえにこのような手法・方法で見せようとするのか、見せられた者は否応なく問わざるを得ないであろう。

 かたや、長崎・広島の資料館には、原爆投下の主体たる米国への憎しみや恨みどころか、その罪を問う文言すら殆どない。そこでは原爆投下までの経緯は淡々と語られ、投下の時点から「被爆」という原爆投下の主体無き言葉が多用される。投下主体を欠いたまま、「被爆」に関する事柄のみが縷々語られるのである。「繰返しませぬから」と本来誓うべき、人類史上最大の「過ち」を犯した米国への恨み辛みは、知らぬ間に核軍縮、核兵器廃絶といった世界平和の希求へと転換され、拡散し、おぼろにかすみ、雲散霧消してしまう。

 このような展示方法に不満を持ち、憤りを感ずる人は少なくない。とはいえ、韓国や中国のような展示方法は、如何なる場合であっても、とるべきでないことは言を俟つまでもない。英米人と日本人が楽しげに館内を巡りつつ、時に哄笑が沸き起こっている様子を眺めながら、これでいいのではないか、と私には思えてきた。もどかしい曖昧模糊としたこの展示姿勢はあながち無意味ともいえないのではないか。罪を犯した者にいつの間にか赦しを与えるという日本人の精神性の懦弱さともいえる点における好ましい面ということができるかもしれない。爾後、米国人と如何なる関係を築くべきなのか、築きたいのか。この館内に、この館を訪れる人達の姿にその答えはある。

5.原爆投下に対して
 「其の罪を悪んで其の人を悪まず」とは、『孔叢子』刑論にある孔子の言葉に由来するらしいが、その中国の南京大虐殺紀念館にそのような思念は寸毫も見出だすことはできない。韓国の独立記念館、然り。

 日本人が言うべきことではないという。足を踏んだら、踏んだ人が謝るのは当然であるという。むべなるかな。踏まれた方は怒り、憎み、恨むのも当然というのであろう。しかしながら、米国は未だに原爆投下については正式に日本に謝罪をしていない。それどころか、多くの米国人は今もなお「原爆投下によって、戦争を早く終わらせ、100万人のアメリカ兵の生命が救われた」と信じている。このような内容の見解は、多くの米国の歴史教科書に原爆投下を正当化する立場のものとして掲載されている。2014年7月28日、原爆を投下したエノラ・ゲイの最後の搭乗員セオドア・ファン・カーク(Theodore Van Kirk)が亡くなった。ボックスカーの搭乗員は既に全員死亡しているので、これで原爆投下に直接携わった全ての飛行士は鬼籍に入ったことになる。彼もまた、その手記やインタビューで同様の発言をしている。

 なお、彼の発言を取り上げ、その責任を問い、彼を非難する記述がウェブにしばしば見られるが、彼は命令に従って忠実に作戦を遂行した一兵卒に過ぎない。彼にその責任を問うのは酷に過ぎよう。彼にしてみれば、十数万人の大虐殺に直接係わったのであるから、その正当性を信じ込まなければ、生きて来られなかったであろう。彼も、ある意味では、原爆の犠牲者といえなくもない。

 米軍は、原爆投下によって日本の降伏が早まれば、100万人の米兵と数百万人の日本人の命を救うことになると考えていたとされる。これは、マンハッタン計画の実質的な最高責任者であり、ルーズベルト、トルーマン両大統領に原子爆弾の日本への投下を進言し続けたヘンリー・スティムソン陸軍長官が大義名分として掲げたものである。その見解が実際に公表されたのは、1947年2月号のHarper's Magazineにおいてであるが("The Decision to Use the Atomic Bomb", HENRY L. STIMSON, Harper's Magazine, Feb. 1947)、これがその後の米国人が信じる原爆投下の正当性の源流となった。この数字が何を根拠に算出されたのかは不明とされている。

 いずれにせよ、トルーマンはこの見解に与し、実戦における実験でもある原爆投下を決断したのである。彼は、1945年8月9日、長崎への原爆投下直後に、"We have used it in order to shorten the agony of war, in order to save the lives of thousands and thousands of young Americans."(「我々はそれ(原子爆弾)を使用したところである。戦争の苦しみを終息させるために、数百万のアメリカの若者の命を救うために。」)と声明を出している(97. Radio Report to the American People on the Potsdam Conference, August 9, 1945, Harry S. Truman Library and Museum)。国民の理解を得るためであろうか、彼はかなり誇張した数字(thousands and thousands of、単に「無数の」という意味でもある)を用いてはいるが、この表現からトルーマンはスティムソンの進言を受け入れて原爆投下を決意したものと考えられる。そして、"We shall continue to use it until we completely destroy Japan's power to make war. Only a Japanese surrender will stop us."(「我々は日本の戦争を遂行する能力を完全に破壊するまで原爆を使用し続けるであろう。日本の降伏だけが我々を止めることになろう。」)と結び、次の原爆投下を既に了承していたことが窺える。さらに、日本が降伏しなければ、次の原爆の組み立てが準備されており、三発目の投下があったことが明らかとなっている。

 原子爆弾製造に踏み切ったルーズベルト大統領、原爆投下の最終的な決定を下したトルーマン大統領、終始日本への原爆投下に指導的な役割を果たしたとされるスティムソン陸軍長官を始め、この決定に関与した米政府ないし軍関係者のこの歴史的大罪における責任は、明確にしておくべきである。

 しかし、そうではあるものの、日本人はいつの間にか米国を赦したのである。

 歴史教科書にしろ記念館(紀念館)にしろ、かの国々はそれによって闇雲に他国への憎悪と怨念を増殖させることに如何なる意義を見出だしているのか。憎悪と怨念に充ち満ちた民に何を望み、何処へ導こうというのか。煽りたぎらせた憎しみと恨みの先に何を見ているのであろうか。

【参考:『「歴史認識」の憂鬱』、http://blog.phooen.com/blog-entry-44.html

tag : 歴史教科書原爆資料館平和記念資料館独立記念館南京大虐殺紀念館侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館

NECのLaVieがLenovoのLaVieになる日

一、
 NECが、2010年度第3四半期の決算で、売上高が7207億円で前年同期比12.7%減、営業損失は135億円、経常損失は270億円となることを明らかにした直後に、PC事業におけるLenovoとの合弁を発表したのが2011年1月27日であった。これについては、「弱者連合」だの、「時代遅れ」だのと揶揄する記事も見られた。

 同年7月、出資比率NEC49%、Lenovo51%の持株会社「Lenovo NEC Holdings B.V.」が設立され、その傘下にNECのPC事業部門を分離して設立された新会社「NECパーソナルコンピュータ」とLenovoの日本法人「レノボ・ジャパン」が100%子会社として納まるという形で、NEC レノボ・ジャパン グループが発足した。

 その後NECは、2012年3月期(2011年度連結決算)に1102億円の赤字を計上した。2012年7月には株価も100円を割り込み、96円まで下落したそうな。言わんこっちゃない、ということに。

 しかし、やがてNECの各セグメントは堅調に転じ、不採算部門の切り離し、人員削減、重要性のない資産の売却などと相俟って、2012年度第3四半期累計は純利益115億円と黒字に転換、通期純利益予想は200億円となる見通しだという。NECレノボ・ジャパンも同様に業績は好調だそうである。
 先ずは、ご同慶の至りである。

二、
 NECのPCといえば、我が家にはLaVieが5台(うち4台は現役)、Mateが1台ある。PCを自作するようになってからは、既製のデスクトップを買う必要はなくなったが、ノートPCはNEC以外買ったことはない。【追記: しかし、残念ながら、その後子供達は東芝のdynabook、私はHPのProBookを使っている。(2016.4.3)】

 昨年の夏頃、カミさんが使っていたLaVieのHDDが不調となったため、HDDを交換すれば使えると考えて東芝のHDDを買ったが、Windows7の入った新しいLaVieが欲しいというので改めて5台目を購入した。買ってしまったHDDは、私のLaVieのHDDと交換して使うことにした。このLaVieは、キーのラバートップが古くなったので、同型のラバートップではないキーボードと交換して今も時折使用している。残りは子供達が使っている。

 ところがつい最近、新LaVieのHDDの調子がおかしくなり(S.M.A.R.T.情報の代替処理保留中のセクタ数が異常に増加し、バックアップ等が行えなくなった)、保証期間内であったので交換修理をNECパーソナルコンピュータにお願いすることにした。

 その対応が実に素晴らしいものであった。電話で症状を伝えると、修理に出すべきものとして、PC本体、ACアダプター、電源コード、保証書、必要事項を書き込んだ修理チェックシートを用意しておくように指示され、合意した日時に宅配業者が来て、それらを梱包して持って行ってくれるというのである。翌日、宅配業者に出し、なんと3日後には修理されて戻ってきた。たしかにHDDの交換という簡単な作業ではあるが、その迅速さは見事である。しかも梱包する手間も省けて、送料も不要である。元の梱包箱をなくした場合の梱包は面倒であり、送料は自己負担というところも多い。

 (※ 実は、このことだけを書くつもりでいたのだが、つい筆が滑り始めてしまった。)

 かつて「アフターサービス」などという言葉は和製英語で、海外では通用しない、"after-sales service"が正しいとよく言われたものだが、その日本企業の「アフターサービス」こそが企業のサービスないしサポートの亀鑑として世界から注目されてきたというのが、私の勝手な理解である。"1000 dollar car"とさげすまれていた日本車が、自動車大国アメリカで顧客の信頼を得て販売台数を伸ばしてきたのには、品質の高さだけでなく、きめ細やかな「アフターサービス」があったからだという話は、興味のなかった私の耳にも入った。
 今日、顧客満足度という指標は、消費者の購買動向を判断する上で、経営戦略においても重要視されていることくらいは、経済や経営に疎い私であっても知っている。PC業界に限れば、NEC、富士通、東芝などのサポートに対する満足度は非常に高いという調査をたびたび目にする。
 となると、この合弁事業でレノボ・ジャパンがPCサポートの窓口業務をNECパーソナルコンピュータに移管したというのは、当然ということになろうか。

 因みに、LaVieとほぼ同時にiPadも、カミさんのたっての所望により購入したが、半年以上経つ現在の使用頻度は97:3で、10キーの付いた新しいLaVieはこの上なく使い易いと言ってほぼ毎日開いているが、iPadは旅行などに出かけている時以外に触っている姿を見たことがない。

三、
 この合弁事業について私が懸念しているのは、合弁会社にはレノボが51%、NECが49%出資しているが、その設立5年後の2016年に、レノボがNECの同意を前提に全株を取得する権利を持っているということである。それは、LaVieの一ファンとしてNECのLaVieがLenovoのLaVieになってしまう寂しさからだけではない。Lenovoという中国系企業の持つ潜在的な危険性に対する憂慮からである。

 Lenovo(聯想集団)という会社の資本に中国政府が入っていることに漠然たる懸念を持っている。中国には純粋な民間企業というものは存在せず、大手の中国系企業は多かれ少なかれ中国政府ないし中国共産党の意向に沿って活動していると言われている。Lenovoは例外だとする説得的な根拠はあるのだろうか。2011年10月現在、 Lenovoの株式の34%をLegend Holdings(中国の投資持株会社)が所有し、その株式の36%を中国科学院が保有しており、それぞれ筆頭株主であるという("Lenovo" : http://en.wikipedia.org/wiki/Lenovo)。

 以前、レノボ・ジャパンの向井宏之代表取締役は、レノボの株式の13.3%をIBMが保有しており、34.4%は一般投資家が有しているとして、レノボは中国系企業ではなく、グローバル企業であると発言していた(http://www.lbs.co.jp/jp/pdf/service/global/t0602.pdf)。しかし、その後2011年3月には、米IBMは保有するレノボ・グループの株式のすべてを売却し、レノボとの出資関係を解消したと発表されている。IBMは2005年にPC事業をレノボに売却した際、レノボ株15%を取得したが、徐々に売却して出資比率を減らしていたとのことである。今や、ThinkPadは完全にLenovoのThinkPadである。

 レノボは、あくまで共産党独裁国家である中国の政府が資本上強い影響力を持つ国策企業であり、自由主義圏で言うところの通常のグローバル企業とは異なることを忘れるべきではなかろう。

 2006年4月、米議会の諮問機関である米中経済安全保障検討委員会(U.S.-China Economic and Security Review Commission)が、レノボは中国政府の資本上の支配権の及ぶ企業であることを理由に、安全保障上の観点からレノボ製PCを米国政府機関が使用することに懸念を表明した。それを受けて、5月、国務省は、レノボ製PCは機密情報を扱わないシステムに利用すると議会に説明したとのことである。米国の対応を杞憂にすぎると嗤うことができるであろうか。

 尖閣諸島を始め、西沙諸島、南沙諸島で中国が何を行っているのか。それのみならず、ベトナム、ラオス、タイ、ミャンマーに対して中国系企業が中国政府の意向を受けて何を行っているのか。冷静に注視し、見極める必要があろう。中国政府ないし中国共産党を甘く見てはならぬという意見を軽笑してはならない。

 調査会社のIDC(2013年1月10日、Press Release)あるいはGartner(2013年1月14日、Press Release)によれば、レノボの2012年度の世界PC市場における出荷台数は、HPを始め他のベンダーが軒並み減少させている中で、ASUSと並んで増加しており、前年度比14.2%ないし19.2%の伸びを見せているという。レノボが世界PC市場シェア第1位となるのも時間の問題であろう。現に、Gartnerの調査では、2012年度第3四半期だけだが、第1位を獲得したとされた(2012年10月10日、Press Release)。急成長を遂げるレノボの姿に、近時プレゼンスの拡大を闇雲に進めている中国の姿が重なって見えてしまうのも、故なきとは言えまい。

 一介の消費者にすぎない私が今さらとやかく言っても仕方のないことだが、当然のことながらレノボとの合弁にはそもそも反対である。経営戦略としては評価されないのかもしれないが、台湾企業のASUSやAcerとの合弁であれば、諸手を挙げて歓迎するところである。

 中国に対する牽制としては、東南アジアとの関係強化に加えて、台湾との連携を政財界ともにさらに深めることが重要であるに違いない。その上で、最近頓に現実味を帯びてきたロシアとの平和条約ないし安全保障条約の締結が実現すれば、中国及び北朝鮮の暴走に対する強力な抑止力となるはずである。
【追記:ところが、近時ウクライナ問題がこじれ、ついにプーチンは軍事介入に踏み切り、クリミアを手中に収めてしまった。もはや、北方領土問題の解決はおろか、ロシアとの平和条約締結の望みなど水泡に帰したと言ってもよいであろう。ロシアも度し難い国である。】

 もちろん、一私企業にそのような国家戦略をも考慮して活動することを要求することはできない。米国政府といえどもIBMのレノボへのPC事業売却を阻止することはできないのが、自由主義国である。それを承知の上で申し上げているのである。

 中国政府からの執拗な検閲の要求をはねつけ、それとの因果関係は不明なものの組織的なサイバー攻撃を受けて、ついには中国から撤退したGoogleの私企業としての姿勢に学ぶべきことがありはしないか。利潤追求の企業原理のみに従うのであれば、ある程度中国政府の要求を呑んで、そのまま中国に居続けた方がよかったのかもしれない。Googleの首脳陣の真意は定かではないが、Googleは、しかし、そうしなかったのである。

 合弁をしてしまった以上は、致し方ない。今後は、NECがそのPC事業をレノボに売り渡さないことを望むばかりである。3年後、NEC本体の事業がうまくいっていればよいが、業績が悪化していれば、レノボにPC事業を完全に売却してしまうということも起こりうる。老婆心ながら心配である。

 この合弁が発表された時、中国では、IBMに続き、「聯想が日本最大のPCメーカーNECの買収に成功」したという報道のされ方がなされ、「この6月までに聯想がNECに1億7500万ドルを支払い、5年後に2億7500万ドルを支払うことで、NECの個人用パソコン部門を完全買収する予定だ」と報じられていたということである。聯想集団の楊元慶CEOは、「企業買収はわれわれの最大の'武器'だ!」とTVで語っていたらしい(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2022)。中国側は最初からそのつもりなのである。

 愛すべきNECの諸氏にお願いしたい。いかなる事態が起ころうとも、どうかNECパーソナルコンピュータを手放さないで頂きたい。

 これは、PC業界に限った話ではない。様々な分野で中国系企業は日本企業を狙っているという。日本企業は矜持を持って応ずるものと信じる。


【追記1】
 (PCに関して何度かメールで情報を交換したことがあり、2014年7月、講義でPCのセキュリティについて話をする機会があるという方と、学生達にも知っておいてもらった方がよいだろうということで、確認し合ったことをここに付記しておく。)

 2013年7月27日付けのAustralian Financial Reviewに"Spyagencies ban Lenovo PCs on security concerns(諜報機関 Lenovo PCを禁止、安全保障の懸念より)"と題された記事によれば、「世界最大のPCメーカーであるLenovo製のコンピュータが、ハッキングに対し脆弱であるという懸念から、オーストラリア、米国、英国、カナダ及びニュージーランドの情報機関及び国防機関の極秘ないし機密のネットワークで使用禁止となっている」とされ、Lenovo製PC内に「バックドア」というマルウェアの存在やファームウェアの脆弱性が疑われる装備が施されている可能性があると研究機関の調査により指摘されて以降、2005年前後には既にこの禁止は行われていたとされている。

 これは、上述の米中経済安全保障検討委員会の表明と符合するものであり、Lenovo製PCの安全性を主張するには、これらの点を否定するに足りる充分な根拠が示される必要があろう。

 また、ここ2年程、米・カナダ・オーストラリア等で物議を醸している中国の通信機器メーカー、華為技術(Huawei、ファーウェイ)について、元NSA(National Security Agency、米国国家安全保障局)長官であり、元CIA長官のMichael Hayden氏は、2013年7月19日、同じくAustralian Financial Review(以下AFRと略す)のインタヴューに答えて、以下のように述べている("Transcript: Interview with former CIA, NSA chief Michael Hayden")。

AFR:「Huaweiは米国とオーストラリアにとって完全保障の明らかな脅威に当たるか。」
Hayden氏:「まさに、その通りだと思っている。」

AFR:「国内の英語圏の諜報ネットワーク内において、過去にHuaweiが中国のためにスパイ行為に関与したという確かな証拠が存在するのか。」
Hayden氏:「もちろん。それが事実だとする確信を疑うべき理由はない。それは専門家としての判断である。しかし、元NSA長官として、スパイ行為の具体的な事例や作戦事項についてはコメントすることはできない。」

 華為技術は、世界中の主要な通信事業者に通信機器を提供しており、NTTを始め、Softbank、KDDIなど日本の多くの事業者もこの機器を使用しているとされている。諜報活動にとって、通信事業者の通信機器を用いる方が個々のPCに細工を加えるよりもはるかに有効で効果的であることは、容易に想像がつく。日本においてのみ華為技術が諜報活動を行わない保証はどこにもない。

 以上からすれば、中国系企業の多くが中国の国策企業として活動しているという疑いは、限りなく黒に近いと言わざるを得ないであろう。

 そもそも、国家間では、諜報活動などやったりやられたりが当たり前のことだが、我々自由主義圏の人間が中国のやり方に違和感や不快感を感じるのは、中国においてはいわゆる「民間企業」が国家機関の一翼を担っており、それを隠れ蓑にしているという点であろう。(2014.7.18)


【追記2】
 また、2012年10月8日、米国下院の第112回議会に提出された報告書、"Investigative Report on the U.S. National Security Issues Posed by Chinese Telecommunications Companies Huawei and ZTE「中国の電気通信会社、華為及びZTEによりもたらされる米国国家安全保障問題に関する調査報告書」"によれば、華為のみならずZTEも危険と判断されている。

 ZTE(中興通訊)は、文字通り国有系企業とされており(KDDI総研R&A、2006年11月第2号)、2014年のAnnual Reportにも、筆頭株主(30.78%)たる Zhongxingxin(Shenzhen Zhongxingxin Telecommunications Equipment Company Limited)を始め、主要株主として名を連ねる企業の幾つかは、"State-owned corpotation"「国有企業」と明示されているのであるから(p.98)、ZTEが諜報活動を行うことは当然と言えなくもない。

 これに対し、華為は、2014年のAnnual Reportにも、"Huawei Investment & Holding Co., Ltd. (the "Company" or "Huawei") is a private company wholly owned by its employees."(p.105)と明記し、公式ウェブサイトでも、"Headquartered in Shenzhen, China, Huawei is a 100 percent employee-owned private company."と国有企業でないことを謳い文句にしており、その華為にあってすら、なお、かかる疑惑につき枚挙にいとまがないのである。(2014.8.7)


【追記3】
 ハイアール(海爾集団)は、2011年にPanasonicから旧三洋電機の白物家電事業の一部を買収したが、今年(2016年)1月、電機業界の巨人である米ゼネラル・エレクトリック(GE)のかつての本丸であった家電事業を買収すると発表した。3月には、美的集団(Midea Group)が東芝の白物家電事業を買収することで最終合意したと発表された。中国企業の買収攻勢は止まらない。しかし、中国経済の瓦解が始まっているとされる中で、これらの結末がむごいものとならないとは断言できまい。

 今般、ついに日本の老舗企業であるシャープが丸ごと外国資本に呑み込まれることになった。その相手が鴻海精密工業という台湾企業であったことは幸いというべきであろう。ただ、鴻海の郭台銘会長は、極めて中国に近い人物であり、2014年3月18日から4月10日まで続いた学生らによる台湾立法院占拠について、「民主主義ではメシは食えない」、「民主主義はGDPには何の役にもたたない。民主主義が国家の重要な人材、政府のエネルギー、治安維持の警察力を無駄に浪費」しているなどと発言しているようで(@niftyニュース)、手放しでは歓迎できないところである。(2016.4.3)

tag : NECレノボLenovoLaVieHuawei華為ZTE中国系企業

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そんぷうし ふうえん

Author:そんぷうし ふうえん

忙中閑は、こっそりと見出す。
カミさんと子どもたちが寝静まるのを待って、夜な夜なPCの前に端座し、その不可思議なる箱の内奥にそっと手を入れては、悦に入る日々なのであります。
時としてその手はPC以外の内奥にも。


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